占星術とアロマをやっている緋彌華(himika)の雑記帳です。
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カルマについて、ちょっと考察です
2005年 05月 11日 *
前回のブログで、今回の体調を崩した理由の続きを書くと言いましたけど
それはまた次回ということにして、(いつも約束破ってばかりでごめんなさい)
今回は、先にカルマ(業)について、ちょっとだけ
私の考えを書いてみたいと思います。

けっこう理屈っぽくなるかもしれないので
興味のある人だけ、読み進めてみてくださいね。



前回の記事の中で、自分の悪業を落とすために
ピラニアや肉食の獣たちに
自分の身体を差し出すという瞑想を夢の中で行った、
という内容のことを書きました。

それがもし、現実の世界で行われたとしたならば
自分を殺して食べた獣たちは悪業を積むことにはならないのかという
お話についての私なりの考察です。

まず、悪業といものの定義を考えてみます。
難しいのですが、ひとことで言うとしたならば
自分以外の魂に苦痛を与えること、となるのではないかと思います。

つまり、なにを言いたいかというと
同じ行為でも、対象の苦痛の感じ方によって
悪業の度合いが変わってくるのだと思うのです。

たとえば、同じ悪口を同じようなシチュエーションで言ったとしても
ある人は、それを冗談と軽く交わして笑いに変えるかもしれません。
ある人は、本気で受け取って、怒ったり悩んだりするかもしれません。
そのときに、それらが同じ悪業となるのでしょうか。
自分は同じ気持ちで同じ言葉を発していても
相手の受け取り方で悪業としての度合いは変わると思うのです。

このように考えれば、獣が自分を殺して食べてしまったとき
獣にとって悪業になるのかどうかというのは
殺された側の気持ちで変わってくるのではないでしょうか。

自分が痛めつけられているときに
「これで私の悪業が落とせる、
私の悪業を落としてくれているこの魂に心の底から感謝しよう。」
と、本気で思うことができたとしたなら
自分を痛めつけている相手の善業にすらなることも
あるのではないかと思うのです。

ただ、ほんとにここまで思える人というのは
よほど悟りの深い人ではないとあり得ないと思うので
非現実的な話かもしれません。

でも、自分を痛めつける人に対しても
ほんとにこのように感じることができれば
世の中の悪業の総量が減って
同時に、この世の中から憎しみがなくなって
光に満ちあふれた世界を作ることも
夢ではなくなってくるのかもしれませんね。

そのためにも、私自身も
難しい課題ですけど、気がついたら
こんな風に思える努力をしていけたらいいなと思います。
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by himika-s | 2005-05-11 12:35 | カルマ *