占星術とアロマをやっている緋彌華(himika)の雑記帳です。
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トルコの恩返し
2005年 06月 14日 *
今回のお話は去年の8月に「奇跡体験!アンビリバボー」でも
放映されたものです。
それをなぜ今頃持ち出してくるのかというと
この話は、日本人が絶対に忘れてはいけないものだということと、
もう一つは、最近のニュースでは、隣国などの話が出てくると
そのたびに、いつも殺伐とした気持ちになってしまうので
心が温かくなる話を、もう一度、私自身が確認したかったからです。

まず、知っている人もたくさんいるかとは思いますが
簡単にお話を要約してご紹介しますね。
詳しい内容を知りたい人は
95年目の友情 彼等が日本を愛する理由 を見てください。

はじめの出来事は1890年9月のことです。
その日の和歌山県大島村の海は台風で大荒れでした。
そこで、トルコの軍艦エルトゥールル号は難破したのです。
エルトゥールル号は明治天皇への使節団として
横浜港に入港したのですが
その帰りに台風に見舞われ沈没してしまったのでした。

それを知った村人たちは必死の救助を行います。
犠牲者は587名になりましたが
それでも村人達により69名が救出されました。

その後も村人たちは必死に介護をし
食料に悩む村であるにもかかわらず
自分たちの非常食である鶏を怪我人たちに振る舞いました。

そして、この話は和歌山県知事から天皇に言上され、
さらには、当時の日本にも広まって
多くの義援金が寄せられ治療に当てられました。
その甲斐あって快復したトルコ人たちは軍艦「金剛」によって
トルコに帰還することができたのでです。

それから95年目の1985年3月。
イランイラク戦争は激化の一途を辿っていました。
イラクの首都テヘランには300人の日本人が滞在していました。
そんな中、当時のイラク大統領フセインは、
「3月19日午後8時をもってイラン上空を飛行する
すべての飛行機を撃ち落とす」という衝撃的な声明を出したのです。
タイムリミットは48時間しかありません。

そんなとき、対応に遅れピンチになった日本人を
救ってくれたのがトルコの人たちでした。
トルコの人たちは決して強制されたわけではなく
それぞれの人が自分たちの意志で
自分たちの危険を顧みずに、イラクに取り残された
300人の日本人を、無事にイラクから脱出させてくれたのです。

この話ですごいのは、やはり私たちのご先祖さまである日本人と
それ以上に、95年もたったいま、その恩を忘れずに
恩返しとして、危険な救助を無償で行ってくれたトルコの人たちです。

トルコの人たちは、自分たちがなにかをするときは
恩を返してもらおうなんて思ってない、
しかし、誰かに恩を受けたら、必ずそれは返すというのが
信条だということです。

私はトルコには残念ながら行ったことはないのですが
トルコに行ったことのある日本人に話を聞くと
誰もが口を揃えて、良いところだったと話してくれます。
それは、こんな背景があるからなのかもしれませんね。

この話を思い起こすと
隣国のことでつい心を痛めてしまう自分が恥ずかしくなります。

トルコと日本の友情はまさに昔の日本人が残してくれた
大切な遺産です。
遠くにいる顔は知らないけどステキな友人たちのこの話は
いつまでも忘れないでいたいです♪
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by himika-s | 2005-06-14 11:14 | 雑記 *