占星術とアロマをやっている緋彌華(himika)の雑記帳です。
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チベット、ラサでのこと
2004年 11月 06日 *
今日はチベットに行ったときのお話しです。

もう、いまでは、映画「セブン・イヤーズ・チベット」などの影響で、
今現在、チベットが中国に占領されているということはご存じの方も多いと思います。
私が、チベットに行ったときも、中国がチベットを攻め入った影響が
まだ色濃く残っているときのことでした。

チベットは、そこに住むすべての人が信仰心に厚く、
極端な話、ほとんど一日中、祈りのために時間を捧げていると言っても
過言ではないほどです。

反して中国の方は、共産主義の影響のためか、
物質至上主義国であって、儒教などの教えはあるものの、
基本的には宗教というものを完全否定している国です。
そのため、宗教にとらわれているチベット人たちを、
宗教から解放して自由にしてあげようという名目で、
「人民解放軍」という名の軍隊が、
チベットの首都ラサでは、かなりのはばをきかせていました。

ラサに数多くある寺院も、そのほとんどが「人民解放軍」と名乗る
中国軍の手によって無惨に破壊されていました。
その姿を見るのは、旅行者の私でさえも、
大きな悲しみを感じさせずにはいられないほどのものでした。

また、チベットの人たちにとっては、
宗教の根本といっていい存在である「ポタラ宮殿」というものがあるのですが、
そこでは一日中、チベットの人たちは礼拝を続けています。

しかし、その宮殿の目の前に、中国国営のディスコを建てていた中国人の無神経さには、
私たちだけではなく、他の旅行者たちも憤りを感じていました。

旅行者の私たちでさえ、ひと目見て、その光景に大きな悲しみを受けるのです。
多くのチベット人たちは、チベットからインドやネパールに亡命して、
そこで信仰を続けているのですが、そこに残された人たちは、とうぜん、
心が屈折しているというのが、少し会話しただけでも伝わってくるのでした。

ポタラ宮殿の中は、そこの本当の主であるダライラマ法王が
インドに亡命されて留守にしているためか、
私が行ったときは、一般の人にも公開されて、
ある程度の中までは自由に見られるようになっていました。

そこの留守を守っている若い僧侶たちの中には、
中国軍が視界からいなくなれば、しきりに

「中国軍は解放とか自由を与えているのだとか、
きれい事を言っているが、これは侵略だ。
自分たちは本当は自由を奪われているんだ。」

と、旅行者に訴えている人たちもいました。
中国軍がいるところで、それを言えば、
政治犯として捕まってしまうというのが、その時の実態でした。

チベットは、どこへ行っても、そんな感じで、
私たちは重い気持ちのままポタラ宮殿を出たことを覚えています。

そんな気持ちで、宮殿の裏の広場を散歩していると、
そこに、とても小さなお寺をみつけました。
他に参拝する人もいない、そのお寺にゆっくり入っていくと、
そこでは若い僧侶がひとり、地面に座って、
お団子のようなものをいくつもこねていました。

その人は、私たちの姿を見ると、
人なつっこい笑顔で、私たちに挨拶をしてきました。
私たちも笑顔でそれに返しました。
そして、彼は何かを話しながら、お寺の中を案内してくれたのです。

それまで、チベットに入ってから、
そんな笑顔を見せてくれる人に会っていなかったので、
なんだかとってもホッとしたものでした。

ただ、彼は英語ができないし、私たちもチベットの言葉は話せないので、
会話は身振り手振りと、あと、ガイドブックにある片言のチベット語を話したり、
文字を見せたりしながら、なんとか会話をしていました。

そんな中での彼の話を要約してまとめると、
そこはターラー女神を祭っているお寺で、
そのお坊さんがひとりで管理して、
さきほど、こねていたお団子は、ターラー女神に対する
供物を作っていたということでした。

お寺をひととおり、案内し終わると、
今度は、彼はお寺の奥にある自分のプライベートルームに招待してくれました。
そこは、土間の上に台所と、手前にベット、そしてテーブルが置いてあるだけの、
とても質素なお部屋でした。

言葉が通じないので、ゆっくりと会話をしながら、
お坊さんにお茶と供物をごちそうになっただけでなく、
帰りがけにはお坊さんから大切な教典までいただいたのです。

そのお坊さんが私たちに対してそんなに親切にしてくれたのは、
おそらく、そのお寺の仏像や壁画は中国軍によって破壊されていなかったので、
その美しさに私たちはとても魅了されてしまい、
熱心に手を合わせていたので、そのお坊さんには、
それがうれしかったのではないかと思います。

私は、こんな逆境の中で、誰もが心がすさんでいるというのに、
そのお寺を守って、神に供養を続けるという使命感のためか、
とてもすがすがしい笑顔を見せてくれたそのお坊さんに、
本当の優しさっていうのは強さなんだって、
そんなことを言葉ではなく、エネルギーで教えてもらったような気がします。

私自身、自分の生活も思想もすべてが否定された状態で、
それでもあんなにさわやかな笑顔を見せることができるのか、
あまり自信はありませんが、なにか大切なものを、
そのお坊さんに与えてもらったように思いました。
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by himika-s | 2004-11-06 17:24 | 旅の記憶 *