占星術とアロマをやっている緋彌華(himika)の雑記帳です。
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2005年 06月 30日 *
タロット占いや水晶占いと言われるものは
占いの性質上、占う相手の潜在意識の世界にアプローチして
そこから直感を引き出し、何かを判断するという形を取ります。

しかし、相手の潜在意識にアプローチするということは
自分自身の意識の中に相手の意識を引き入れてしまう
ということにもつながります。

そのため私自身はあまり、それらの占いを積極的に行うことはせず
やったとしても自分自身のこととか
ごくごく身近にいる家族のこととか
あるいは、ほんとにごくまれに
とてもお世話になった人に頼まれたとき以外には
行うことはありません。

しかし、そうはいっても、カードの絵を一枚一枚見ながら
そこに描かれている意味合いを確かめていくことは
とても興味深くて、たった一枚の絵の中に
よくこれだけの意味合いをこめられるなと感心させられています。

また、タロットの占い方事態が
いっけん偶然に引かれたカードを
その占いのやり方に準じて並べていくだけなのに
その的中率たるやすごいものがあって
それらの理屈は、私の頭で考える論理を
はるかに超えてしまうものがあることも
タロットに惹かれる、もう一つの理由かもしれません。

それらの理由から、私のタロットとの触れ合い方は
そのときどきの自分自身への示唆を
カードを一枚だけ引いて確認してみるということだけは
よく行っています。

b0037498_165187.jpg
そうして先日出てきたのが、この「吊された男」。

この姿は、ヨガでいう「ビバリタカラニー」
という姿勢を彷彿とさせます。
ビバリタカラニーは決してこのように
逆さまに吊されるわけではないのですが
頭と肩だけを地面につけて
腰に手を当て体を支えるというポーズを
数分から数時間とり続けるわけです。

その一番の目的は、クンダリニーといわれるエネルギーを
速やかに頭頂に集めることにあります。
(速やかにという言葉がつく以上、多少の危険もあるのですが
それは注意点をしっかり守れば克服できる程度のものです。)

頭頂にエネルギーを集めることによって
7番目のチャクラであるサハスラーラチャクラを開かせるのです。
それによって宇宙の法則、宇宙の真理と
自分自身を合一させていくのです。
(とても抽象的な言い方しかできなくてごめんなさい)

そして、このカードの意味合いにも
「宇宙との調和を果たすために試される試練」というようなものがあります。

いまの私に必要なものは自分という法則を捨てて
宇宙の法則に従うこと、ということになるのでしょうか。
崇高な精神を得たいなら
いまのエゴイスティックな自分は捨てなければいけない。。

このカードは、そう私に語っているような気がします。
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2005年 06月 29日 *
まだ梅雨のさなかだというのに久しぶりの雨で
ようやく気温が20度代に戻ってきました。

ここ4日か5日ほど続いた猛暑、昨日なんて37度でしたし!
半年前に引っ越してきて
まだ私の部屋にはエアコンを入れてないので
扇風機でしのいでいたのですが
パソコンが熱暴走しまくるという状態でした。

夜はロフトで寝ているので
さらに暖かさが身にしみて
なかなか寝付けないかな、なんて思っていたのですけど
そこのところは大丈夫のようで、いつもと同じように
横になると5分もかからないうちに
夢の世界へと誘われていきました。

そんな暑さのせいか
何年か前に体験した6月のインドの夜を思い出したりもしていました。

その日のインドは気温が45度から
ひょっとすると50度まであったのではないかというような猛暑でした。
正確な場所は覚えていないのですけど
そこは、あまり日本人が行くような所ではないのか
その地域では一番立派なホテルを選んで宿泊はしたものの
その部屋には、窓枠はあっても
ガラスが一枚も入ってないために、風通しがたいへん良いうえに
当然ベットも、ちょっと手を置いただけで
ギシギシと音を奏でるようなところでした。

しかし、いくら窓が全開で風通しが良くても
その晩は、ほんとに暑くて寝付けなくて
しかたがないので、バスタオルを水が滴るくらいにベタベタにして
それを体にそのままかけて眠ることにしました。

日本での常識では、そんなことをすると
風邪を引いたりなど、体を壊すに違いないと感じるのですが
それでようやく、体がちょうどいい状態になって眠りにつけるのです。

でも、しばらくすると、またすぐに目が覚めます。
そのときには、始めはまるで絞ってなかったはずのバスタオルが
もうすっかりカラカラに乾いているのです。
時計を見ると、眠りについたときから、まだ3時間しかたっていなくて
日も出ていない夜中の3時間で洗濯物は乾いちゃうんだって
感心してしまったものでした。

そして、もう一度シャワールームへ行って、バスタオルをベタベタにして
それを体に掛けて眠りにつくということを繰り返していました。

それに比べれば37度の気温なんて
ほんとに過ごしやすいはずなんですけど
やはりパソコンなどの文明の利器を使っていると
そうも言ってられないのが実情です。

なんとなく、何日分の着替えだけを持って
あちこち気が向くままに旅をしていたあの頃が
身軽で懐かしいな、なんて思ってしまったのは
やはり、暑さのせいなのでしょうか。

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少し時間ができたので
メインサイトの方をちょこちょこいじくってます。
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2005年 06月 27日 *
まだ梅雨も明けない6月のある日
あじさいの横に小さく咲く
ひまわり発見♪

いまはまだちびっ子だけど
今年も太陽に向かって
おもいっきり手を伸ばすんだって

あいかわらずの無邪気な顔で
そんなことを語っているのかな

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by himika-s | 2005-06-27 11:44 | 想-Photo- *
2005年 06月 24日 *
とうとう私のところにも蓮の花さんから回ってきました。
といっても、私自身は回ってくるまで、この「Musical Baton」の存在すら
知らなかったのですけど、あらためて、まわりのブログを見渡してみると
いま、すごい勢いでまわっているんですねぇ。

というわけで、さっそく本題に入っちゃいます。


Q1 コンピューターに入っている音楽ファイルの容量

これ、どうやって調べるんでしょ。
ローカルディスク全体の容量と、一曲一曲のサイズの大きさは出るものの
音楽ファイル全体の容量は足し算されて表示されないんですね。
曲数としては300曲から400曲くらいPCには入れてます。
一曲が1MBから10MBくらいのものまであるみたいなので
それでだいたい概算出してくださいって感じでしょうか。


Q2 今聴いている曲

よく聴いているのがReinmusikさんのところから出されている
オリジナルCDを聴いてます。
優しい気持ちになれる曲がたくさんあって大好きです♪


Q3 最後に買ったCD

最近、CDを買っていないので、どれが最後か記憶にないのですけど
エンヤフォー・ラヴァーズかなぁ。
「冷静と情熱のあいだ」のテーマ曲ということなんですけど
映画は観ていません。^^;


Q4 よく聴く、または特別思い入れのある曲5曲

よく聴く曲はQ2で答えちゃいました。^^;

5曲って限定すると、なんだか困っちゃうんですけど
まず、メインサイトで使わせてもらっている「蓮華」の曲は
ReinmusikさんのところのオリジナルCD「Floral air」の中の
「れんげ」を特別にアレンジしてもらったものなんです。
なので、これは、ほんとによく聴きますね。^^

あと、メインサイトの中のEssayで
春の夢で使わせてもらっているmidiは
やはりReinmusikさんのところのオリジナルCD「Floral air」の中の
「ゆめ」を特別にアレンジしてもらったものです。

他にも好きな曲や思い入れのある曲はたくさんあるんですけど
あとは選べないので省略でもいいかしら…^^;

最後にエンヤの曲の中で一番好きなものは
「ATHAIR AR NEAMH」(ヘナ・レ・ナム)。
静かな祈りを感じさせるメロディが好きだったんですけど
あとで日本語訳の詩を見て、こんなイメージだったんだって
あらためて、また好きになりました♪


Q5 バトンを渡す5人

もう、かなり手抜きっぽいんですけど
ここはこれで終了~。
バトンした人が負担になると申し訳ないので
希望する方がいましたら申し出てください。
ということにしたいと思います。
もちろん、希望される方がいましたら
こちらにリンクは貼らせて頂きたいです♪
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by himika-s | 2005-06-24 12:44 | 雑記 *
2005年 06月 14日 *
今回のお話は去年の8月に「奇跡体験!アンビリバボー」でも
放映されたものです。
それをなぜ今頃持ち出してくるのかというと
この話は、日本人が絶対に忘れてはいけないものだということと、
もう一つは、最近のニュースでは、隣国などの話が出てくると
そのたびに、いつも殺伐とした気持ちになってしまうので
心が温かくなる話を、もう一度、私自身が確認したかったからです。

まず、知っている人もたくさんいるかとは思いますが
簡単にお話を要約してご紹介しますね。
詳しい内容を知りたい人は
95年目の友情 彼等が日本を愛する理由 を見てください。

はじめの出来事は1890年9月のことです。
その日の和歌山県大島村の海は台風で大荒れでした。
そこで、トルコの軍艦エルトゥールル号は難破したのです。
エルトゥールル号は明治天皇への使節団として
横浜港に入港したのですが
その帰りに台風に見舞われ沈没してしまったのでした。

それを知った村人たちは必死の救助を行います。
犠牲者は587名になりましたが
それでも村人達により69名が救出されました。

その後も村人たちは必死に介護をし
食料に悩む村であるにもかかわらず
自分たちの非常食である鶏を怪我人たちに振る舞いました。

そして、この話は和歌山県知事から天皇に言上され、
さらには、当時の日本にも広まって
多くの義援金が寄せられ治療に当てられました。
その甲斐あって快復したトルコ人たちは軍艦「金剛」によって
トルコに帰還することができたのでです。

それから95年目の1985年3月。
イランイラク戦争は激化の一途を辿っていました。
イラクの首都テヘランには300人の日本人が滞在していました。
そんな中、当時のイラク大統領フセインは、
「3月19日午後8時をもってイラン上空を飛行する
すべての飛行機を撃ち落とす」という衝撃的な声明を出したのです。
タイムリミットは48時間しかありません。

そんなとき、対応に遅れピンチになった日本人を
救ってくれたのがトルコの人たちでした。
トルコの人たちは決して強制されたわけではなく
それぞれの人が自分たちの意志で
自分たちの危険を顧みずに、イラクに取り残された
300人の日本人を、無事にイラクから脱出させてくれたのです。

この話ですごいのは、やはり私たちのご先祖さまである日本人と
それ以上に、95年もたったいま、その恩を忘れずに
恩返しとして、危険な救助を無償で行ってくれたトルコの人たちです。

トルコの人たちは、自分たちがなにかをするときは
恩を返してもらおうなんて思ってない、
しかし、誰かに恩を受けたら、必ずそれは返すというのが
信条だということです。

私はトルコには残念ながら行ったことはないのですが
トルコに行ったことのある日本人に話を聞くと
誰もが口を揃えて、良いところだったと話してくれます。
それは、こんな背景があるからなのかもしれませんね。

この話を思い起こすと
隣国のことでつい心を痛めてしまう自分が恥ずかしくなります。

トルコと日本の友情はまさに昔の日本人が残してくれた
大切な遺産です。
遠くにいる顔は知らないけどステキな友人たちのこの話は
いつまでも忘れないでいたいです♪
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by himika-s | 2005-06-14 11:14 | 雑記 *
2005年 06月 13日 *
ほんとうの自由ってなんだろって
ときどき考えてみたりします。

若いときは、お金と時間があって
好きなときになんでも欲しいものを買えて
好きなときに好きなところに行けること、
なんて思ってたこともあったけど
大人になるにしたがって
それは自由でもなんでもないんだなって
思うようになってきました。

どんなにお金があっても
心が物質やお金にしばられていては
それは不自由そのものにしか過ぎない気がします。
美にとらわれすぎるのも同じことのように感じます。
自分が美しくいたいことにとらわれすぎていては
年を重ねることに恐怖さえ感じる人もいるでしょうから。
というか、かつての私がそうだったし。

流行を追ったり、
ブランド物を買っても
欲しい物を手に入れたときは楽しいかもしれないけど
それに心が捕らわれすぎると
流行に少しでも乗り遅れている自分を発見したとき
逆に辛くなっちゃうこともあると思います。

また、他の人に対する妬みや嫉妬も
物質的な物に対するとらわれが強いと
出てきてしまうのではないかと思います。

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これはウエイト版タロットの悪魔のカードです。
悪魔なんていうと、すごく忌み嫌う人も多いと思うのですが
実はこの悪魔が象徴しているものは人間の欲望です。
人間が物欲に支配されている姿をこのカードは表しています。

自由になりたければ
首につながれた鎖を取ることです。

鎖を取ることは、それほど難しいことではないと
このカードは言っています。
だって、首につながれた鎖はゆるゆるなんですから。

心をいろんな呪縛から解き放ち
自由にしていくことが
ほんとうの自由なんじゃないかって思います。

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P.S
アメリカの戦争や中国の侵略などのことを考えていたら
こんな文章になっちゃいました。
自由に対するとらえ方は人それぞれ違うと思いますが
せめて、悪魔に心が支配された結果から来る
争いだけは、避けたいなと思います。
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2005年 06月 09日 *
CSでニュースバードという、24時間ニュースだけを
やっているチャンネルがあるのだけど
先日、たまたまテレビをつけて、そのチャンネルを見ていると
「ゲーム化が進むアメリカの戦闘訓練」といったような内容の特集をやっていた。
はじめは、何気なく見ていただけだったんだけど
しかしそれは、とても驚くべき内容の特集だった。

いま現在、アメリカの戦闘訓練はリアルな3Dのゲームを使って
行われているというものなのだが
その戦闘訓練が、予想以上の結果を出しているという。
ゲームの中身は私もよくは分からないのだけど
アメリカの陸軍を舞台にしたもので
敵を見つけたときに反射的に手に持っている銃で相手の頭を打つというのが
ゲームの概要らしい。
逆に味方を打ってしまったときは、軍法会議にかけられ裁かれるという
とにかくアメリカ陸軍を忠実に再現したものらしいのだが。
目的は、先ほども書いたように、アメリカ兵の戦闘訓練なのだけど
要は人殺しを平然とできるようにするためのものということだ。

ベトナム戦争以前までは、初めて戦場で人を殺したときは、
15%の人はそれでも冷静でいられるらしいのだけど
残りの85%の人たちは、嘔吐をしたり、パニック状態に陥ったりしていた。
そして、次第に人殺しに慣れていくというパターンをとっていた。
しかし、イラク戦争では、このゲームを使った戦闘訓練によって
95%の人が、はじめて人を殺しても、
平然とそして冷静に戦い続けることができるようになったということだった。

このゲームを続けることによって、ほんとうの戦場に出たときでさえ、
人殺しがゲーム感覚と同じという
つまりゲームとリアルの区別がつきにくくなる「無感覚」というものと、
たとえば、光が点滅したときに右を向くという訓練と同じように
敵を見たら、相手の頭を打つという「反射的行為」というものを培わせるらしい。
反射的行為は、人を殺すという作業を行うときに
その行為が脳を通過させないため、考えるという事を完璧に排除できるらしい。

これによって、いま現在のアメリカ兵は最強で無敵になったいうことだった。

しかし、ここで、誰もが疑問に思うことがあるのではないのだろうか。
そうなってしまったら、それはもう人間ではないのではないかと…。

人を殺したとき、嘔吐を催したり、パニックに陥るというのは
それは、相手に与えた苦しみの何分の一でも、
自分も一緒に感じることができるからだ。
その人間的な感情が、何人も人を殺さなければならない戦争によって
麻痺させられ、慣らされてしまうだけでも、それは不幸なことなのに、
なのに、その人間的な感情が、たかがゲームによってでも
そぎ落とされてしまうという事実が、私は恐ろしく感じてしまった。

そして、命というものは確かにとても尊いものなのだけれども
でも、そんな人間的な感情を捨ててまで
生き残らなければならない戦争という事実が
私にはやはり理解できない。

私にとっての生きていく価値観というものは
人間として生まれた今生は、人間的に成長するだけではなく
分かりづらい言葉かもしれないけど
自分の本質である魂そのものを成長させることにあると思っている。

でも、相手の苦しみを感じるという感情をそぎ落としてしまうことは
私にとっては、それは魂の退化と感じてしまうのだけど…。

中国がチベットに攻め入ったとき
チベットの人たちは、自分たちや自分の仲間たちの魂を守るために
戦いを放棄して、ある人たちは中国軍に無惨にも殺され
ある人たちは、チベットという地を捨て、逃げ延びていったのだと思う。

しかし、それをすれば、自分の魂は守れるけれども
人間を捨てた人たちが、最強となって地球を支配していく…。
それって、いったい…。
自分の魂と同時に、私は地球も守りたい…。
守りたいけれども、それには自分自身があまりにも非力すぎるし
その方法論も、難しすぎるし…

……

なんだか混迷状態に陥ってしまいました。
このことは課題として、もっと深く考えることにします。
そして、自分のできることを少しでも考えていかないと…。



追記

この先、ゲームというものはオンラインゲームも含めて、
映画さえも抜いて、人々の娯楽の主流になっていくと私は思っている。
パソコンが映像も音も、今まで以上に質が向上し
ゲームの内容じたいも、ストーリーがもっと豊かに展開するようになってくれば
第三者の立場として映画を鑑賞していた時代から
自分が物語の主役となってストーリーを楽しめるという
可能性を秘めていると感じるからだ。

いま現在は、ゲーム事態が戦闘が中心で
この先どうなっていくか分からないし、このまま戦闘ものが
中心になっていくかもしれないけど
いずれにしろ、ゲームの流れを止めることはまず不可能だろう。

そうなったとき、ゲームによって人間としての尊厳を失わせないためには
ゲームの中で、人を殺したときの物理的、精神的ペナルティーを
きっちり与えるものを作っていかなければいけないと思う。
また、そういった厳しいペナルティをきっちり感じさせるものであれば
電磁波等の影響云々を抜きにすれば
人としての心を失わせるもの=ゲームということには
ならないと思うのだけど…。
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by himika-s | 2005-06-09 17:27 | 雑記 *
2005年 06月 07日 *
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ちょっと時期的に早いかなとも思ったのですけど
いつも行くデパートで、
ステキな音色の風鈴を見つけてしまったので
部屋の窓辺に飾ってみました。

外には飾れる適当な場所がなかったので
部屋の中なんですけど…。

写真が上手に撮れなくて
分かりづらいのですが
籐の網の中に、小さな鉄の鈴が入っています。

あんまり鳴りすぎてもうるさいかなと思って
鈴の部分がちょっと重そうなものを買ってきたら
少しくらいの風では、紙がくるくる回るだけで
ネコがちょっかい出したときぐらいしか鳴らなかったり…。

でも、この風鈴の音色、
鉄製だからか、一度なると余韻が響いて
その余韻の音にひたっていると、
まるで、気持ちのいい夢をみているような
心地いい気分にひたれます。

これで、今年の夏が
少しでも涼しくなるといいな♪
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by himika-s | 2005-06-07 16:38 | 日々 *
2005年 06月 01日 *
実は最近、少しだけ風水に興味を持ち始めました。
以前から興味があったといえばあったけど
ただマスコミに踊らされて、西に黄色を飾ってみる程度のことでしたし。

それが、この間、体調を崩したとき、
少し回復したときに本屋さんに行ってみると、目についた一冊の本が。
手に取って、中をぱらぱら見てみると
自分の家の風水と、そのとき体調を崩した原因みたいなものが
なんだか一致してるっぽい部分を見つけたので
さっそくその本を購入して家でじっくり見てみることにしたのです。

それがこの風水インテリア

著者は外人さんで、風水を逆輸入した感じなんだけど
それだけに、感覚的にではなく、合理的に解説されていて
すごくわかりやすかったんです。
写真もキレイだし、風水をはじめてみたいけど
専門的な本はちょっとわかりにくいなぁ、
という人にはピッタリの本だと思います。


それで、私自身がいま住んでいる家は
川がちょうど、ほぼ90度に曲がったところの内側に位置しているので
西と北が川に囲まれているといった感じのところです。
それまでは、それが他の家に隣接してない条件になっているので
静かに暮らせていいところだなぁ、なんて思っていたのですが…。

実は北と西に水があるって、好ましくないことなんですってね。
しかも、西に水があると、金銭や恋愛に関する問題が生じやすくなるとのこと。

お金のことは、私自身があまり考えないタイプで
かといってブランド品を買うとか、豪勢に遊びに行くとかいう
趣味がないので、困ることはなかったのですが
恋愛に関しては、ちょっと思い当たる節が…。

といっても、対象がいるわけでは当然ありません。
ダンナとうちのネコ以外には。

実は性器にあるといわれている第二チャクラが
少し動いている、という実感があったのです。
当然、対象がいないので特別な問題も派生はしないのですが
対象がいないだけに、第二チャクラが動き始めている
原因もわからなかったのです。

それが風水の本を読んでみて
環境による気の流れに影響されていたんだって理解できて
なんだかホッとしました。

私の場合、第二チャクラが動き始めると
誰か対象を求めるわけではないだけに
気力がなくなり、ウツな状態になってきます。

本来なら、呼吸法などで体の中の気をあげてしまえば
解決するのですが、忙しくて時間が取れなかったりすると
どんどん症状が悪化してしまいます。

そんなときのために、環境による気の流れにも
普段から気を使っていれば、楽に過ごせるんだって
理解することができてよかったです。

実は、新月の時のお願い事の中に
自然の中に存在する、ひとつひとつの意味合いを
理解させてください、ということも祈っていました。

それが今回、体調を崩したことがきっかけとなって
そのとっかかりを、ひとつ見つけたような気がして
体調崩れを喜んでいる部分があります。

風水を少しだけ勉強して感じたことは
基礎知識は当然、必要なのですけど
気の流れを体感で感じることができないと
ほんとにそれが、その人にとって必要なものかどうかは
わからないかもしれないということです。

なので、もっと気持ちを静めて
自分の中の気の流れだけでなく
環境から来る気の流れにも敏感になれるように
なりたいなと思うようになりました。


p.s.
5月7日の記事、途中でおわったままでごめんなさいです。
なんだか、まとめがうまくできなくて
そのうち、きちんとまとめることができたら、
続きを書けるといいなと、思ってはいるのですが
なかなか…、という状態です。(なみだ
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by himika-s | 2005-06-01 12:43 | 雑記 *